ここ数年、「半導体不足による品薄」のような言葉がよく聞かれるようになりました。
半導体不足とはどのような状態で、いったい世界では何が起きているのでしょうか?
Nintendo SwitchやPS5が手に入らないのは我慢できたとしても、
家電やスマートフォン、車が手に入らない未来がやってくるとしたら?
なぜそんなことが起きるのでしょうか?
本書では、半導体を通して世界を見ていくための歴史と、半導体サプライチェーンの基本的な構造を学ぶことができます。
少々難しい本でしたが、今の我々にも関係のある内容でしたので、紹介していきます。
ひとことまとめ
この本を一言で言うと、
半導体産業を取り巻く世界中の出来事を解説し、
これからの世界情勢を見ていくための切り口を教えてくれる本です。
二行要約
大まかな2つのポイント
- 半導体産業は、コンピュータだけでなく車やインフラ、軍用兵器に至るまで、多様な分野に欠かせなくなっている。そんな半導体の生産過程(サプライチェーン)の一部または全部が他国に依存していることは、国にとって大きなリスクであると、世界中の国は気づいて行動している。
- これまでに起きた世界中の出来事を半導体というキーワードで切り取る時、多くの思惑・政治的な狙いが見えてくる。これから世界各国の動きをみていくとき、半導体というキーワードは無視できない。
解説
そもそも半導体とは?
半導体という言葉自体は、電気を半分だけ通すという特性をもつ素材の名前です。
そんな半導体は、コンピューターに搭載されるチップや、データを記憶するメモリーに使われています。
半導体は世界中の国が注目している
世界の国々から見て、半導体産業は人々の生活を保つだけでなく、軍事力にも直結する要素でもあります。
現在では世界中の半導体チップの大部分は台湾のTSMCが生産しており、多くの国が海外からの輸入に頼っています。
外国に頼っている状況を危惧する国々
国の生命線とも言える半導体産業が海外の企業に依存しているということは、
- 有事の際に自国を守ることができない
- 十分な物資を調達することができない
といった事態につながります。
そのためアメリカや中国を始めとする国々が、
自国内で半導体サプライチェーンをつくるべく奔走しています。
教養として半導体を見ることの重要性
本書では、アメリカが中国に課したファーウェイ締め出し政策に関する詳細な裏話、
過去にアメリカで技術を学んだ台湾人が世界最大のファウンドリー(チップ製造会社)を立ち上げる話
などを詳細に紹介しています。
歴史の勉強としても学ぶべきことであり、これからの世界を見つめる上で必要な知識でもあり、
またノンフィクションのドキュメンタリーとしても興味深い読み物になっています。
厳選ポイント3つ
サプライチェーン全体のイメージをつかもう
サプライチェーンの構造をおおまかにつかんだうえで、
どの国がどの分野に強く、どういった企業が存在しているのか把握しておくことは、
これからの世界を見ていくうえで重要である。
コンピューターのチップなどを製造する一連のつながり(半導体サプライチェーン)には、主に「設計」「製造」「活用」の3つのフェーズがあります。
設計する
サプライチェーンのうち、設計を担当する企業には、インテルやAMD、クアルコム、エヌビディアなど、いわゆるチップメーカーがあります。
設計して外注するファブレス企業
これらの会社は「ファブレス」と呼ばれ、自社では工場を持たずに設計開発のみを担当します。
ここで設計されたチップを、次のステップである「製造」を担当する企業に委託することで、
実際の製造・量産に進むことができます。
料理に例えると、「料理を考える人」です。自分で料理ができなくても大丈夫です。
設計をする企業を補助する企業
設計を補助する役割の企業もあります。
例えばイギリスのARMは、チップを開発するためのテンプレートのようなものを作って売っています。世界中のスマートフォンやタブレットのチップなどに、ARMの技術が使われています。
この人達は、料理に例えると「調味料を売る人」のような感じです。
たとえばマヨネーズや豆板醤、醤油などを毎日ぜんぶ手作りしていたら、
毎日料理なんてなかなかできないですよね。
製造する
台湾のTSMC、米国のグローバルファウンドリーズなど、実際の製造を請け負う企業です。
製造を請負う、ファウンドリー企業
これら製造業を請け負う企業を「ファウンドリー」といい、企業ごとに技術力、製造力には大きな差があります。
世界一のファウンドリー、巨人TSMC
現状世界最大のファウンドリーは台湾のTSMCで、世界中のチップの7割が製造されているといわれています。
特に、最先端の技術である回路幅3ナノメートルといったチップはTSMCにしか作ることができず、他の企業は競争すらできない状態になっています。
料理で例えると、この人達は「凄腕の料理人」です。
その包丁さばき、フライパンさばきは、他の人がそうそう真似できるものではありません。
たとえば、台湾TSMCは「キャベツの千切りを髪の毛みたいな細さで出来る世界チャンピオン」みたいな、常人離れした技術を持っている職人を想像すると良いでしょう。
他の人がちょっと数年修行したくらいでは、なかなか追いつけない領域です。
ファウンドリーを支える企業
もちろん、ファウンドリーを支える企業も重要な要素です。
オランダの企業ASMLは、実際に電子回路を焼き付けていく「露光」という作業を行うための「露光装置」の製造で世界1の技術力を持っています。世界中のファウンドリー(製造者)が、ここの露光装置を欲しがっています。
ここは料理に例えるなら、「包丁を作るひと」ですね。世界一切れる包丁を作ってくれる会社で、世界中の料理人から注文が入っている感じです。
活用する
チップを使って製品を作るメーカーです。例えばAppleやサムスン、富士通や三菱のようなメーカーです。
半導体を使って製品をつくる企業
半導体を活かすためには、これらの企業が「そのチップを使って何をするか」というところまで含めて重要になります。
アメリカはこの分野が強く、「〇〇ができたら良いのに」「XXができる製品は作れないか?」といった開発者精神が旺盛な国であるため、AppleやMicrosoftのような巨人が誕生しているとも言えます。
この部分を料理に例えるなら、「レストランのオーナー」です。
どんなに優れた料理人がいても、メニューが良くなければ意味がありません。
料理人の力を活かして、お客さんの要望に答えるようにするのが、
レストランの役割とも言えます。
半導体は戦略物資である
半導体はいまや戦略物資である。
世界中の国が未来を見据えて、半導体サプライチェーンを手中に収めるべく動いている。
生活にも戦争にも、半導体は要る
半導体は、今やレーダーやミサイル、無人爆撃ドローンにも使われる兵器としての一面も持ちます。
もちろん、通信のための基地局、コンピュータに搭載されるチップも例外ではなく、人々の暮らしを豊かで安全にするために、半導体産業は欠かせないものになっています。
半導体サプライチェーンを握ると、国は守られる
そんな半導体の生産を他国に頼っていることは、それ自体がリスクであって、
逆に他国に供給している立場の国は、それだけで安全保障として機能します。
例えば、世界最大のファウンドリー(製造会社)であるTSMCを擁する台湾は、中国から常に圧力を受けています。
しかしTSMCの技術力を必要としている企業は世界中にいるため、中国は台湾に攻め込むこともできません。
アメリカを始めとする大国が、台湾を見守っているからです。
一方で、アメリカも台湾に頼り切っている状態はマズイと考えていて、
アリゾナ州にTSMCを始めとする多くの半導体メーカーの工場を招致するプロジェクトを進めています。
アメリカは海外企業を国内に呼び込もうとしている
半導体の工場には何兆円という規模の金がかかる上に、
アメリカ人を現地で雇用するのは東南アジアよりコストもかかります。
TSMCがアメリカに進出するメリットは薄いですが、それでもアメリカは数兆円規模の補助金を予算に組み込み、半導体産業を国内で完結させようと必死になっています。
台湾TSMCもアメリカにノコノコと誘致されているだけではなく、本当に最先端の技術は自国で抱え込み、アメリカには1世代前(それでも世界最高水準)の工場をつくることで、本国の優位性を保とうと策略しています。
中国は自国内の技術力を磨いている
一方でアメリカの禁輸政策を受けて、台湾を始めとするファウンドリーとのつながりを絶たれた中国も、ただ一方的にやられているだけではありません。
自国での生産力向上のために国を挙げてファウンドリーをたくさん設立し、技術力の向上に躍起になっています。
世界中の国が戦略的に動いている
さらに、シンガポールやアルメニアなどの小さな国もそれぞれが戦略的に動いています。
海外の有力なファブレスやファウンドリーを誘致することで、
自国での生産力を高めるとともに、世界の中での立ち位置を確立しようと画策しています。
たとえばシンガポールには、アジア一体を担当するグーグルのデータセンターがあります。
グーグルのセンターが破壊されたり稼働できなくなると、アジア一帯が大変なことになるだけでなく、Googleが保有するアジアに関連するデータも失われることになるため、結果的にアメリカが介入することになります。世界各国はアメリカを敵に回すことはできないため、シンガポールに迂闊に手を出せない。といった状況が発生します。
小さな国はこのように様々な計略を巡らせながら、自国の経済発展と安全保障をまもるべく動いています。
日本は過去の栄光を取り戻せるのか
日本は過去にいくつかの分野で、世界に存在感を示していたことがあるが、今はかなり出遅れている。
スパコン「富岳」の存在感
富士通が開発したスーパーコンピュータ「富岳」は、新型コロナウイルスの感染シミュレーション、細胞との結合やマスクの効果をシミュレーションするといった場面で実用的に使われている。
この「富岳』に使われているA64FXは富士通が開発したCPUで、先述のイギリスARMの技術が使われている。
富岳は2014年から開発が開始され、2021年から本格稼働が始まっています。
2022年にはアメリカのスパコンに単純な演算速度では追い抜かれましたが、
一部の応用的計算の速度やビッグデータ解析能力などでは依然として1位をキープしています。
本書ではこういった日本の技術力が、いまの不況の日本では活かせていないという現状が語られます。
企業は目先の利益にとらわれ、虎の子の半導体部門を海外企業に売却してしまったり、海外の巨大企業に優秀な人材や技術が流出したりしています。
東大とTSMCの協業は日本の切り札になるか
日本は「設計」に関連する技術力が高いといわれています。
台湾の巨大ファウンドリーであるTSMCと東京大学の共同チームが結成され、世界でも類をみない設計の新世代チップの開発を目指す「東京大学・TSMC 先進半導体アライアンス」が発足しています。
東京大学大学院工学系研究科付属システムデザイン研究センター(d.lab)において産学連携で開発したチップをTSMCの先進プロセスで試作し、未来のコンピュータをつくる先進的な半導体技術を共同で研究する。としています。
もっとも、技術があっても「それでなにをするのか」がないと宝の持ち腐れでもあるので、その点においても日本の底力が試されるところでもあります。
半導体を通して世界を見る
世界情勢に興味をもつ
半導体を通して世界情勢を注視しておくことは、世界を理解するための切り口として十分に威力のある考え方だと思いました。
特に、今は半導体不足が叫ばれていて、例えばPCのパーツがなかなか手に入らなかったり、ゲーム機が品薄になったりしていますよね。
そういった現象の背景には、海外の国同士の取り決めや揉め事が隠れているかも知れません。
世界を知り、自分たちへの影響がどれくらい予想できるのか、考えておいて損はなさそうです。
あと語り
半導体と聞くと、なにやら遠い世界で技術者の人が、平和に守られながら、世のため人のために作っているというイメージが少なからずありました。
だって、スマートフォンもPCも、PS5もNintendo Switchも、平和があってこそのアイテムだと信じていますし、カメラやテレビなんかもそうですよね。
しかし、半導体技術というのはいまも日進月歩で進化していて、技術力の競争は苛烈を極めています。
普通の産業では、市場原理が働きます。「儲かるからやる」「儲からないならやらない」という原則で、資本主義の世界は回ります。
しかし、半導体産業に限って言えば、工場を建てるのに何兆円もかかるわ、新しい技術開発に何億円もかかるわで、短期的・中期的にコスパの良い産業であるとは言えません。
東芝を始めとする優秀な日本メーカーは、短期的・中期的に採算の取れない半導体事業を次々と手放し、その一部は海外の企業に吸収されていきました。
日本が「市場原理」に則り、厳しく言えば平和ボケした頭でお金儲けを考えていたとき、世界の国々は「戦争」を見据えていたわけです。
そして今、中国とアメリカは表舞台でバチバチに対立し、アメリカは中国に技術を使わせまいと封鎖を決めたうえでアリゾナに有力なファウンドリーを誘致しようとしています。
一方、中国は自分たちで押し返さんと技術力を磨いています。
それぞれの国で、国庫から数兆円規模の金が、半導体産業に補助金として注がれています。
半導体産業は、国の安全にかかわる技術力をつける産業ですから、資本主義だの市場原理だのに任せていては、きちんと対策した外国に打ち負かされてしまうからです。
さて、日本ではどうでしょうか。半導体産業に対して、補助金として予算計上されるのはせいぜい数百億円です。海外の数兆円という規模には到底及ばず、すでに培った技術の多くを海外に売り渡してしまった日本に、未来はあるのでしょうか?
今は戦時中ではないので、アメリカのiPhoneを使い、中国産の通信機器を使い、シンガポールのデータセンターを通して、グーグル検索ができています。
それらの国との関係が悪化したとき、日本ではいったい何が使える状態になるのでしょうか。
未来を見据える責任は、我々全員にあります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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