あなたは今、幸せですか?時間足りてますか?
もっと幸せに生きたいですか?
もしそうなら、この本を一度手にとってみてください。
時間貧乏という主観的な感覚
時間があればあるほど良い、という幻想
本書内では、可処分時間(自由に使える時間)が1日あたり何時間あれば幸せに感じるのか?を調べたデータが紹介されています。
結論から言えば、可処分時間が2時間より少ない場合と、5時間より多い場合に幸福度は低下することがわかったという。また、可処分時間が2時間から5時間のあいだでは、幸福度は一定だった。
つまり、
- 人は1日2時間程度の自由な時間があれば幸せになれて、
- その時間が5時間まで伸びても幸せ度はアップせず、
- 5時間を超えると不幸になっていく
ということです。なんとも世知辛いというか、絶望的な話ですよね。
時間がありすぎると不幸になる、というケースは実は少なくありません。
多くの人が退職した後に鬱になったり、FIREした人が耐えられずに仕事を始めるなど、その実例は枚挙にいとまがありません。
大事なのは「どう過ごすか」
さて、幸せな自由時間は1日2時間〜5時間ということを前提に本書は進んでいきます。
本書の構成は非常に良くできていて、学者の先生が書いた本らしく、最初に学んだことがきちんと以降の章で役立つような章立てになっています。
本書内では、まず2時間の可処分時間がある人どうしを比較して、どのように過ごせば幸せになれるのかを計測した実験が紹介されています。
例えば、
- 2時間ただテレビを見て過ごすのか
- 家族と語らいながら過ごすのか
- スマホを見ながらご飯を食べて過ごすのか
- 未来のことを常に考えて、タスクをこなすことを考えながら過ごすのか
どれが一番幸福度が高い過ごし方だったでしょうか?
実は、「それは人によって違う」というのが答えです。
どの過ごし方がいちばん幸せに感じるかは、個人差があるそうです。
だから、自分にとって一番幸せな時間の使い方は何なのか?を知ることが大切だといいます。
そのためには、自分で「その時間に何をしたか」「その時間に対して幸福度で得点をつける」といったワークが紹介されています。
つまり「2時間テレビをみた。3点」「友人と2時間お酒を飲みながらしゃべった。5点」のような具合ですね。
これを2週間ほど続けて、自分がどのような活動で幸せだと感じるのを掴むことから始めるのが良いと本書では述べています。
人はどんな時に幸せを感じるのか
先述の時間記録のワークを通して、多くの人はどのような時に幸せを感じるか?のデータも紹介されている。一般的に人と過ごす時間は幸福度が高く、スマートフォンを見ながら過ごす時間や、過去や未来のことばかり考えて「今」をおろそかにしている時間は幸福度が低いという結果が出たという。
結論だけ言えば上記の通りなのだが、紹介されているエピソードはどれも身につまされるというか、心を打たれるエピソードもあるので、ぜひ本書を読んで、実際に失敗した人の痛みや、成功した人の幸せを追体験してみてほしい。
人間はどんな幸せにも慣れてしまう
快楽順応という性質
人間には、物事に慣れていく性質がある。いわゆる「飽き」というものです。
快楽順応と呼ばれるこの性質は、決して悪いことではなく苦痛に慣れることで精神を保護したり、新しい領地を開拓することで豊かに発展してきた人間にとって欠かせない性質です。
しかし、辛いことに慣れるのと同様に、幸せなことにも慣れてしまうという問題があります。
長男がくれた気づき
本書では、穏やかに晴れた春の朝に、小さい息子を幼稚園に送り届ける道中、その幸せを感じられていなかった自分に気づき愕然とする著者のエピソードが紹介されています。
今更の補足。 本書はアメリカの女性研究者が書いていて、母親や妻としてのエピソードが多く紹介されています。 一部、「女性が家事を負担しがちである」というような一部の過激派が反応しそうな文面があるのですが、これは研究者であり母親でもある著者が、実際のデータと自身の経験をもとに書いているので、決して偏見や先入観で書かれたものではない。と思います。たぶん。
話を戻して、小さな息子を幼稚園に送り届けるささやかな日常の幸せを感じられなかった衝撃を教訓にし、学者として研究を重ね、数年後には小さな息子の妹、つまり娘が幼稚園に通う時には、息子の時と同じ轍を踏まぬよう最大限幸せに生きようとする母親としての後日談が語られています。とてもいい話ですよね。
まぁお兄ちゃんはちょっとかわいそうではありますが、第一子の時ってのは、親だって初めて親やってるんです。長男だから我慢しようね。
快楽順応を使いこなす
快楽順応という仕組みは、人間の進化の歴史で培われた生存に必要な機能ですから、これをトレーニングで改善しようとするのは無理であると筆者はいいます。
変えられないならば、それは甘んじて受け入れて、変えられることに集中して変えていく、というのがいわゆるニーバーの祈りであり、アドラー心理学的な考え方でもあります。
では、変えられるものは何か?というと、
本書のテーマでもある「時間の使い方」がそれにあたります。
始まりと終わりの心理的効果
快楽順応を含めた人間の性質には、「始まり」と「終わり」に特段の印象を抱くという特徴があります。
興味深い研究の引用として、 「テレビCMは、番組を細切れにすることにより、何度も”始まり”と"終わり"を演出し、番組をより魅力的にしている」という内容が本書内で紹介されています。 CMなんてない方が良いと思っていましたが、意外と心理学的には番組の面白さを引き立てていたようです。
これを逆手にとって、
嫌なこと(例えば家の掃除)は、「1週間に1回まとめてやる」というアイデアが考えられます。実際には掃除を週一にするのは難しいかもしれませんが、一つのアイデアとしては正しいアプローチです。
逆に、掃除が大好きで、毎日掃除をすることで癒しを得られるタイプの人であれば、
毎日掃除をすることで掃除の「始まり」と「終わり」を毎日感じることができ、充実した時間の使い方になるでしょう。
このように「自分が何に充実した幸せを感じるか」というのは本当に十人十色なため、最初に行った「時間を記録し、スコアをつける」というワークが重要になってきます。話がつながったでしょうか。
もちろん、楽しい時間については逆のことが言えます。
つまり、「楽しさを最大化するには、分割する」のです。
楽しいことは細切れに
「1週間に1回、テレビドラマを7時間観る」という行いは、もはや趣味というより苦行の気配すら感じますね。来週はお休みしたくなります。
一方で、「1週間、毎日、テレビドラマを1時間観る」であれば、いかにも趣味っぽくて楽しそうです。
つまり、「始まり」と「終わり」が7回ある方が楽しい、という作用が働くわけです。
これは実際の研究でも、直感に合致した結果が得られているといいます。
ということで、
楽しいことはまとめずに分割して、
嫌なことはまとめて1回始めるだけでOKな状態にするのが良い、ということです。
細かくすれば良いワケでもない
一方で、数時間のうちにいろんなことをやりすぎると、逆に充実感・幸福感は低下するそうです。
「7分読書して、11分ゲームしたら6分間音楽を聴いて、8分でおやつを食べてコーヒーを飲み、19分テレビを見る」といったスケジュールを見て、幸せな休日だと感じる人はいないでしょう。
ほどほどに分割して、楽しく過ごすのが良いですね。
思い出す幸せは一瞬
本書では多くのエピソードと共に、幸せに生きる方法を模索しつつ、「そもそも幸せとは何ぞや」ということも考えていきます。
幸せに関する研究者でもある著者の研究は示唆に富んでいて、本書自体は間違いなく幸せに関する一つの答えであると感じました。
その中で特に興味深い考え方は、「ピークを作る」と「人生の終わりは来る」という視点です。
ピークを作る
たとえば、学生自体のバイトのことを思い出してください。
楽しかったでしょうか。苦しかったでしょうか。
どちらの思い出であっても、思い出は必ず「何かの感情やイベントのピーク」であることが多いのではないでしょうか。
「終わりよければ全て良し」という言葉もあるように、終わりは往々にして「ピーク」になりがちなため、終わりで良い状態を作ることができれば、そのイベント全体が良いものであったという思い出になりやすいとも言えます。
「楽しかった遊園地」の評価基準は何か
幸せとは何ぞや?という問いに対して、それは「経験」と「記憶」の評価に分けられると言ったのは、ダニエル・カーネマンです。 カーネマン曰く、幸せには「その行動の時々で感じる幸せ=経験による幸せ」と「すべて終わってから振り返って感じる幸せ=記憶による幸せ」がある。 いわば、遊園地で1つ1つのアトラクションを楽しむのが経験による幸せだとすれば、後者は遊園地から出る時に「楽しかったね」という記憶による幸せ、といった形の評価にあたります。
ここで面白いのは、
アトラクション1個1個の楽しさの合計や平均が、遊園地全体の楽しさではない
ということです。では、遊園地全体の楽しさはどうやって決まるのでしょうか?
答えは下記のように続きます。
それを左右するのは、プラスであれマイナスであれ、ピークの感情です。 例えば、人生で初めてジェットコースターに乗り、あらたな感動に目覚めたかもしれません。 あらゆるアトラクションを楽しんだ後、同行者と喧嘩して嫌な気分で遊園地を後にしたかもしれません。 アトラクションは混んでいて多くの時間は苦痛だったけれど、デートの終わりにプロポーズを受けたかもしれません。 そうやって発生したピークの感情の部分は、遊園地全体の「記憶」における幸せを大きく左右します。
アトラクション5種類を楽しみ、プラス50ポイント。
その後喧嘩をしたので、マイナス20ポイント。
合計30ポイント!あー楽しかった!
・・・とはならないのが人間ですよね。
「台無し」という言葉があるように、いくら楽しいことを積み上げても最後が残念な終わり方をしたら、その体験全体の評価は低くなるでしょう。
一方「終わりよければすべてよし」という言葉もあります。
だからこそ、自分で確保した幸せな時間に、ピークを見つける努力が大切だと著者は言います。
幸福もピークも自分次第
結局、幸せなんてものは最初からそこにあったのだ、などどいう
使い古されたフレーズが割と真理を突いているようです。
要するに「自分が幸せだと感じられる時間を用意して、さらにピークを見逃さないようにその時々を味わって生きる」のが一番、ということになります。
人生の終わりはくる
誰しもが人生という遊園地から出る時が必ずきます。
その時振り返ってみて、幸せだったなと感じられる人生を送るためのワークとして、自分の葬式での弔辞を書くというワークが紹介されています。
簡単に言えば、自分の人生を最後に振り返ったとき、何を成し遂げた人として紹介されたいか、という考え方です。
このワークを通して自分の幸せとは何かを明らかにして、自分の死を意識することで否応なしに「今」を大事にして人生を満喫する考え方に繋げることができます。
実は、この「自分の葬式でどのように言われたいか」というワークは、有名な「7つの習慣」の中で第二の習慣として取り上げられている、強力なツールでもあります。 自分の人生の終わりを思い描き、そこに向かって生きる。それを通して、今何をすべきか考えよう。
まとめ
本書はいわゆる「時間術」の枠にとどまらず、その時間をいかに使い「主観的に」幸せになるかを多くの研究から分析し、膨大なエピソードを交えて紹介している本です。
舞台がアメリカであり、パワフル研究者お母さんが書いていることから、読者の属性によっては著者に感情移入が難しい場面もあるかもしれませんが、とはいえ多くのエピソードや研究の紹介は心に響くものも多く、一読の価値がある本だと感じました。
今の時間の使い方に満足していない人も、自分なりに楽しく生きている人も、読めば「なんかやってみよう」と思える、数々の導きに溢れた1冊です。
とても面白かったのでおすすめ。
今回はここまで。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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